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2010年9月30日 (木)

牛丼物語

彼女の誕生日だった。
貧乏学生だけど、この日のためにアルバイトを増やし、資金を貯めた。
少々高めの店でも大丈夫な筈だった。
「何が食べたい?好きな物を言っていいよ。」
寿司でもフルコースでも、どんな料理を言われても、どんな店を指定されても、動じないつもりだった。
「えとね、牛丼っ。」
しかし彼女はいとも簡単に、そう言ってのけた。
「誕生日だよ?記念日だよ?もっと好きな物言っていいんだよ?」
少し慌ててそう言った。
貧乏学生なのは、彼女も知っている。
ただ、今日ばかりは特別だったのだ。
「んー、じゃあコンビニのケーキも後で買ってね。」
「いやそうじゃなくて。僕の懐は気にしなくていいから。」
そう言うと、少しふくれた。
可愛い。
見惚れている場合じゃなかった。
「今日はファミレス以上でも大丈夫だから。ね?好きな物言っていいよ。」
「牛丼が食べたい。」
うむぅ、手強い。
気にしてくれるのは嬉しいんだが、それでは、この日のために頑張った自分が切ない。
「ほら、駅前に出来たあの店とか。」
「牛丼がいい。」
そこからはもう、どんどん機嫌が悪くなるし、どう言っても宥めても頑として聞かなかった。
意固地なのは二人共だ。
「今日は誕生日だろ?付き合い始めて1年の記念日でもあるから、いいもの食べようって言ったじゃないか。」
「だから、牛丼屋さんで、牛丼が食べたいって言ってるじゃない!」
「少しはコッチにも恰好つけさせるとかは無いのかよ!」
「牛丼恰好悪くないもん!うわーん!!」
泣き始めた。
埒があかない。
押し問答の末、今日だけはと思い直して、少し折れてみた。
「なんで、そんなに牛丼に拘るんだよ?」
涙目で彼女が言う。
「だって。一人じゃ入りにくいし、女友達同士だと行かないんだもん。食べてみたいのに!みんな美味しいって言ってるのに食べた事が無いんだもん!」
「そうなのか?」
「うん。」
「普通の味だぞ?」
「つゆだくとか、とろだくとか、言ってみたいんだもん。」
「そ、そう。」
上目遣いで睨み上げてくる。
「こんな機会じゃないと、言えないんだもん。」
「いや、でも今日は。」
「ぎゅーどん。」
確かに彼女から食べに連れて行けとは、言われた事がない。
情けないな。
仕方ないので、諦めて承諾した。
「わかった。じゃあ、牛丼食べに行こう。コンビニのケーキは無しな。せめてちゃんとケーキ屋さんで買うからな。」
「うー、新発売のモンブラン食べたいのにぃ。」
「・・・わかった。コンビニケーキにするよ。」
もう、好きにしてくれ。
観念した。
今日は、彼女の言う通りにした方がいいみたいだ。
かくして僕は、カウンターでにこにこしながら牛丼を頬ばっている彼女を見つめている。
「美味しい?」
「うん!」
さっきの泣きべそはどこへやら。上機嫌である。
牛丼一杯で、ここまで喜ばれるとは。
彼女の口の周りは、脂でギトギトだ。
それでも構わずに、夢中になって食べている。
「あれ?食べないの?冷めるよ?」
「いや、食べるけどさ。今度、駅横の立ち食い蕎麦も行ってみるか?」
彼女の目が輝く。
「うん!行ってみたい行ってみたい!!」
こんなに期待されてて大丈夫なのか?駅横蕎麦・・・。
「はー、夢だったのよー。丼、がつがつ食べるの。女の子同士で食べに行くと、気を遣って出来ないし。」
「女子同士も、色々大変なんだな。」
「お箸の使い方とか悪いと、陰で下品とか言われたりするし。大変だよー。それにしてもおいしー♪」
そこまで美味しそうに食べたら、牛丼も本望だろう。
混み合う牛丼屋のカウンターで、満面の笑みで牛丼を頬ばる彼女を見つめている。
プレゼントを渡す機会がどうしても見つからなくて、苦笑いをしながら。




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コメント

ViViは、承諾したかもー。
それでViViは、想田君と発売すればよかった?

投稿: BlogPetのViVi | 2010年9月30日 (木) 15時13分

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