« 君と蟻地獄の町 | トップページ | 唐梅の咲く頃に »

2010年2月 8日 (月)

相沢商店一口咄

困ったことになった。
狭い店内に、二人きりである。
しかも、密着している。
綺麗な女性と、二人っきりで、密着している。
こう書くと、とてもオイシイ状況に思えるから不思議だ。
いや、ある意味オイシイのかもしれないが、実はそれ程単純な事態ではないんだ。

やや寒い冬の夜。
吐く息が白くなるぐらいには、寒い日。
事の起こりは、閉店間際の客。
ここは小さなコンビニみたいな店で、相沢商店という。
店長とバイト三人の、計四人でシフトを組んで、営業している。
店の規模も、コンビニと同じぐらいか、やや大きい程度。
違うのは、品揃えの差と、24時間営業ではないという点。
もちろん、フランチャイズでもない。
本来、町の小さな商店だったのを、コンビニ風に改装した物件だ。
店長は、代々この商店を経営してきた家の人間で、まだ若い女性。
先代の店長が別事業に乗り出すことになって、代わりに娘さんがここを任された。
大学を出て一般企業に勤めていたらしいが、素直に退職して、店長に納まったと聞いている。
すらりと背が高く、どちらかと言うと美人の部類。
少しぶっきらぼうだけど、指示は的確だし、サバサバして気が利くいい店長だ。
これだけ小さな商店で、バイトを三人雇えると言うのは凄い。
コンビニより、やや時給も高い。
それだけ利益が上がっていると言うことだ。
この不況下なのに。
駅からも住宅街からも近く、立地条件がいいにせよ、今の店長になって売り上げが伸びたというから、彼女の経営手腕というか努力は一目置くべきだと思う。
確かに、日中は客足の途絶えることがない。
僕らはいつだって、安心して働いていられる。
そんな店だった。

店長のシフトは早朝で、お昼前にバイトと交代する。
僕は夕方から夜のシフトに入っていて、シフト時間が変わることはない。
これは、店長の方針だからだ。
何でも、時間が変わるローテーションシフト体勢だと、リズムが狂って効率が下がるんだそうだ。
マンネリズムとどちらが問題か比較して、効率の良い方を採用したのだと、以前聞いたことがある。
そして、店長は閉店間際にやって来て、店じまいを自らするのだ。
ここでバイトをするようになって結構経っているので、ある程度は任せてもらえるのがちょっと嬉しい。

この日。
いつも通り店じまいを始めていた店内に、一人の男性客がやって来た。
閉じかけたシャッターをくぐって。
時間ぎりぎりにやってくる客など珍しくもないので、そのまま店内を巡るに任せていた。
男性客は、カップ麺一つを持って、レジに来た。
そしておもむろに、文化包丁を突きつけてきた。
「金を出せ。」
TVドラマやコントで時々聞くそのフレーズは、すぐには脳内へ伝達しなかった。
あまりに突飛すぎて、シナプスから伝達物質が出なかったのかもしれない。
レジ前でフリーズしている僕と、カウンター越しに睨む客。
間の悪いことに、そのにらめっこの最中に、店長がやって来た。
彼女は一瞬で状況を理解したらしく、おもむろにバッグへ手を突っ込んで、携帯電話を取り出しながら外へと走り出した。
が、男性客の方が反射速度は早かった。
店長は腰まである長い髪を掴まれ、そのまま後ろ向きに引き倒され、頭から床へと強く叩き付けられた。
僕は、その時になって漸くフリーズが解けたけれども、残念ながら後の祭り。
店長の首に包丁を突きつけられ、再度金を出せと要求された。
男は店長の事を、一般客だと思っているようだった。
この店はちゃんと警備会社と契約しているし、一応対策も用意してあるけれど、夜間は来客が少ないため、バイトが僕一人と言うのが裏目に出た。。
店長が後頭部をさすりながらアイコンタクトをしてきたので、男性客にはわからないように頷いた。
中年で、どこかうらぶれた感のある男。
身なりは一応、きちんとしている風。
綺麗にアイロンのかかったシャツと、使い古された背広、擦り切れかかったネクタイ。
どこにでもいる、疲れたサラリーマンだ。
その目はどこか胡乱で、少し無精ヒゲが生えている。
何か、事情があるんだろうなぁ。
そんな事を考えながら、男の差し出した巾着袋の中へ、レジの中にある輪ゴムでまとめた札束を放り込んだ。
閉店支度をしていたため、店のシャッターは殆ど降りていて、外からこの状況はわからないと思う。
シャッターさえ開いていれば、ガラス張りのこの店は外から丸見えで、誰かが気付いたはずなのだが。
多分、この時間を狙っていたんだと思う。
大抵の客の顔は覚えているが、この男には見覚えがないから、違う時間に下見に来ているのかもしれない。
男は下げていたエコバッグの中からロープを取り出した。
よくトラックなど荷台の荷物を固定するような、太いヤツだ。
しかも汚れて灰色になっている。
どこからか、失敬してきたのかもしれない。
僕らを縛って逃げる気なんだ。
そう思ったが、店長を危険に晒す訳にはいかないので、大人しく縛られることにした。
この男には、まるで殺気がない。
縛られてから刺される危険性もあったが、何故かその可能性は低いように思えた。
逡巡して、肝心なのは、相手を刺激しない事だと判断するに至る。
男はまず、店長を縛った。
変な縛り方だった。
バスト下でぐるっとロープを一周させていた。
やや後ろ手に回された腕は、胴と一緒にきつく固定された。
「こっちへ来い。おかしな真似をすると、このまま刺す。」
はいはい、わかりました。
声に出さず溜息を吐き、指示に従う。
そして、男はそのまま店長と一緒に僕を縛った。
きつく密着させて。
それから店内を見回し、監視カメラらしきモノがないのを確認して、外へと悠々逃げていった。
わざわざシャッターを全部下ろして。
残された僕らは、非常に困った状況に陥っていた。

「宮本クン、怪我はなかった?」
「店長こそ、大丈夫ですか?」
「あー・・・コブが出来ると思うよ、アタマ。」
「思いっきり打ち付けられましたもんねぇ。」
取り敢えず、お互いの安否は気遣ってみたりした。
が。
状況に変化はない。
僕たちは、一緒に縛られている。
体が、密着している。
縛られているのは胸部と腰。
何かに擦り付けて切れるような代物ではない、太いロープで縛られている。
非常に困った事態だ。
僕は大学生のアルバイトだけど、店長だって若い女性だ。
別に付き合っている訳でも何でもないけど。
これは、意識せざるをえない。
僕らは縛られてしまっている。
こういう場合、ドラマとか見ていると、普通背中合わせに縛られるはずだ。
けれど僕らは、何故か向かい合わせに縛られている。
犯人が何を思ったのか見当もつかないが、非常に由々しき事態だ。
少しふらついている店長の顎が、僕の肩に掛かっている。
僕の方が身長が高いせいで、そうなってしまう。
あまりにきつく縛られているため、お互いの顔を見つめられるほどの距離もない。
冬で良かったと思う。
薄着の店長とこんな状態だったら、ちょっと困る。
・・・とても困る。
「警察か警備会社と連絡が取りたいんだけど、いいかな?」
店長が耳元で囁く。
いや、別に囁いた訳ではないと思うけれど、店長の口が耳元にあるものだから、そう聞こえてしまう。
僕ら、不思議なことに、足は縛られていない。
ただ、腕を胸部・腰部と一緒に縛られているため、手は使えない。
「どうするんですか?」
「あの、警報装置の所まで歩きたいの。」
と、店内にある警備会社が付けた装置を目で示す。
明るい店内に、はっきり『警備解除中』の文字が点灯している、無骨な警備装置。
せーの、で二人で歩き始めた。
が、ダメだった。
背中合わせに縛られていたのなら、充分歩けたはずだった。
しかし、正面で縛られているため、お互いの膝が当たってしまい、うまく歩けなかった。
歩幅が違うせいもある。
すぐにバランスを崩して転けそうになった。
ゆっくりだと歩ける気もする。
強く頭を打った店長が、ふらふらと歩かなければの話だが。
どうも店長の足下が覚束ない。
前進も、後進も、横歩きも、変に重心が狂ってしまう。
この体勢は、ヤバイ。
店長が厚めのダウンジャケットを着ているとは言え、イヤでも伝わってくる感触。
もこもこしたジャケットはショート丈で、ウエスト下部までしかない。
下はスキニージーンズ。
僕は薄い店の制服。
密着している胸と腰。
うわダメだ。
考えたら負けだ。
そう言い聞かせたけど、一度意識したものは、簡単にはふりほどけない。
うー・・・・・。
「店長。」
「え?」
「僕の足の甲に、足を乗せて下さい。そのまま歩きます。」
「いいの?」
「頑張ります。」
お互いがバラバラに歩くから、足が当たって前にも後ろにも横にも歩きにくいんだ。
店長が足を乗せたところで、僕は少し後ろに仰け反りながら歩いた。
「ちょっと失礼。」
「きゃ!」
店長がスリムで助かった。
更に、スニーカー履きで助かった。
さすがにヒールだったら痛かったと思う。
僕は殆ど店長を浮かすようにして腹部で支え、警報装置の所まで歩いた。
後は、ボタンを体当たりで押すだけ。
体を斜めにした店長の肘で、通報ボタンは無事に押された。
警報装置にかかってしまった僕らの体重を、よいしょ、とかけ声をかけて元に戻す。
「あ。」
店長が、急にもぞもぞし始めた。
「何やってるんですか?」
「警備会社の人、すっ飛んでくると思うのよねぇ。」
「そうですね。」
「・・・・・・・この体勢って・・・・・・。」
店長の言いたいことは察しがついた。
確かにこの恰好は、他人に見られるのが恥ずかしい。
でもどうしようもないじゃないか。
解けるものなら、とっくにそうしている。
「この・・・上着がもう少し上にずり上がれば、下の結び目は弛む気がするんだけど。」
ああそうか。
店長はショート丈のジャケットを着ている。
僕らは一本のロープで、胸部と腰部を縛られている。
腰にかかっている店長のジャケットを上にズリ上げて外す事が出来れば、腰部のロープは弛むから、全体にゆとりが出来てロープも外すことが出来るかもしれない。
そう言う理屈だ。
「さっきコッチまで来る時、持ち上げてくれたじゃない?その時少しずれたから、何とかなりそうな気がするのよね。」
「ちょっと無理がある気がします。」
「そう?やってみないと、わからないじゃない?」
もぞもぞ。
体を上下にゆらしたり、横によじってみたり。
・・・お願いです、やめてください店長。
叫びたい気持ちを抑えて、とにかく自分の平常心を保つ。
「店長、皮膚が擦れてすりむけそうです。」
「こんなにきつく縛らなくてもいいのにね。」
「そう言う問題じゃない気がします。」
「きゃっ。」
もぞもぞ動く店長の足下がふらついた。
僕も油断していたので、二人でそのまま、もんどり打って床へ転倒した。
腰を強か打ち付けたものの、僕が下で良かった、と思ったのも束の間、予想外な事態に思考がパニックを起こしかけた。
「あー、重いね、ゴメンゴメン。」
重いとかそんなんじゃなくて!
叫びかけた言葉を飲み込む。
落ち着け、自分。
予想外に柔らかい店長の体が上になってるとか、息づかいが耳元でするとか、広がった髪からいい香りがするとか、考えたらダメだ負けだヤバイ!
しかし深呼吸など出来る体勢じゃない。
「横向きになろうよ。」
「はい。」
素直に従った。
そして。
駆けつけてきた警備会社の人達が見たのは、横向きに足を絡めた妙な恰好でジタバタと床を転げている二人の姿だった。

幸いなことに、犯人はすぐに捕まった。
咄嗟に店長が、犯人のエコバックに放り込んだ携帯電話のGPS機能で、位置が簡単に割り出せたからだ。
男はカップ麺を置いたままにしていたため、そこから簡単に指紋も採れた。
何より、この店には隠しカメラが大量に仕掛けてある。
確認したところ、複数のカメラに、ばっちりハッキリ顔が映っていた。
・・・言いたくはないが、店長と僕の滑稽な姿も映っていたんだけど。
変な気を起こさなくてよかった。危ない、危ない。
「まぁ、大怪我が無くて良かったよね!」
暢気に昼シフトの二人は笑い転げていた。
「聞いたんだけどね、犯人のヒト、リストラされて、家族にその事を言えなくて、給料日だから家にお金を入れなくちゃならなくて、強盗を思いついたんだって。メーワクな話よね!」
笑いながらそう言われたけれど。
それについては、笑えない話だと思った。
「でも犯人も驚いたと思うのよ。札束と思っていたのが、『人生転落ゲーム』の通貨だなんてね!」
そう。
ここの店には強盗対策で、上と下だけ一万円札の束が置いてある。
間に挟まっているのは、微妙に一万円札に似た、ボードゲーム『人生転落ビックリドッキリゲーム』の紙幣だ。
あんな目に遭っても、ちょっと犯人に同情せざるをえない。
それでも犯罪は良くないと、わかっているし、許す気もないが。
店長は結局、もの凄く大きなタンコブを作って、CT検査とかを受けたし、僕も打ち付けた腰が完治するまで数日を要した。
今もまだ、自分が湿布臭い。
・・・これは二次被害で、直接犯人のせいじゃないけど。
因みに、僕らを正面から縛った事に関しては、特に理由はないそうだ。
良くわからないが、何となくそうなってしまったらしい。
大変非常にまったくもって迷惑な話だ。

あれから。
何かが変わった訳ではない。
けれど、一人で店番をするのが少し怖くなってしまった自分がいる。
そして、店長は少し変わった。
性格じゃなくて、見た目が。
「宮本くん、お疲れ様!」
この人は、今日も元気良く閉店作業に来た。
腰近くまであった髪を、肩口までバッサリ切って。
「何よ?おかしい?」
視線に気付いて、少し不満げに口を尖らせる。
「いいえ、よくお似合いですよ。」
この人のサバサバした性格には、むしろこちらの方が似合っている気がする。
怖かったはずだし、時折思い出しては震えているのかもしれないけれど、そんな素振りは微塵も感じさせない。
それは僕らバイトに対する気遣いだと、ちゃんとわかっている。
凄い人だと思う。
あんなに華奢なのに・・・と、案外柔らかかった肢体を思い出しかけて、思考を遮断する。
僕は大学生で、進む道を決めている。
ここはアルバイトだ。
店長には、店長の進むべき道がある。
だから、心の中にある、形にならないモヤモヤした感情は、気付かない事にする。
そう言えば、店長に恋人がいるとかいう噂は聞いたことがないな。
「あ、店長。それ持ちますよ。」
重い荷物を一人で抱える姿に、声をかける。
振り向き、じっと、こちらを見つめる視線。
「え?何ですか?」
変なこと、言ったかな?
「・・・そうよねぇ。思ったより胸板厚くて筋肉質だったもんねぇ。力あるよねぇ。」
げ。
「あ、赤くなった!」
笑い転げる店長に、何も言い返せなかった。
本当に。
この人には敵わない。
何もかも見透かされているのかもしれない。
「じゃあコレ、お願いね。」
僕は無言で、荷物を受け取るしかなかった。
あの事件は、トラウマにはならないと思った。
こちらを見つめる店長の瞳が、そんな事はさせないと、決意を湛えていた。

・・・直後、爆笑していたけどさ。

|

« 君と蟻地獄の町 | トップページ | 唐梅の咲く頃に »

コメント

きのう、逡巡する?

投稿: BlogPetのViVi | 2010年2月 8日 (月) 14時19分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/89412/47512826

この記事へのトラックバック一覧です: 相沢商店一口咄:

« 君と蟻地獄の町 | トップページ | 唐梅の咲く頃に »