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2007年10月30日 (火)

猫男

私の部屋には猫が居る。
大きな、困った猫だ。

出会いは合コン。
ありがちだ。
細身で中世的な可愛い顔をしたヤツだった。
その癖ずいぶんとアルコールに強かった。
私だって仲間内では強い方だ。
だから競うように呑んだ。

帰り際に、更に呑む話になった。
開いている店は、そこら中にあったけれど、なぜだか勢いでうちに集まって呑み直す事になってしまった。
一人暮らしのワンルーム。
そこそこの広さはあるけれど、さすがに男性を、しかも初めて会った男性を呼ぶなんて。
普通じゃ考えられない行動も、やはりアルコールのせいだったのかも知れない。
男女入り交じって6人。
車座になって、わいわい雑談をしながら楽しく過ごした。
途中、コンビニで買ったお酒は、かなり買ったにもかかわらず、明け方にはほぼ空になっていた。

そして、バカを言い合いながら最後まで二人で呑んでいた。
結局どちらも潰れなかったし、残ったのは二人だけだった。

「強いねー。」
「まぁね。オヤジに鍛えられてさー。」
「お父さん?何する人?」
「大工さんっ♪」
「あははははー、なっとくー。」

下らない会話も、呑めば楽しい。
朝になり、潰れたヤツらはもそもそ起き出して、次々に帰っていった。
これで、彼が帰ればお開きのはずだった。
しかし、彼は帰らなかった。

「少し、寝させてねー。」

そう言って横になったらすぐに寝息を立て始める。
あどけない、と言うよりも少女のようなその顔に負けて、毛布を掛けてやった。
そして、そいつはそのまま、この部屋に居着いてしまったのだった。

「あのね。ここ、私の部屋。わかる?」
「わかってるよー。今日も泊めてねー。」

屈託がない。
そして、様々なモノを買ってくる。
お酒だったり、おつまみだったり。
意外だったのは、料理が上手だった事。

「僕ってさ、コックさんの見習いなんだぁ。」
「ふぅん。」
「そっちは、何してるヒト?」
「あたしは、大学院にいるヒト。」
「じゃあさー、頭使う人用のメニューにしようっ♪」

そう言って、私の代わりに台所に立つ姿はずいぶん様になっていた。
いや、そう言う問題じゃないんだよ。
早く彼を追い出さなくては。
そう思うものの。
にっこり微笑まれて、はぐらかされる。
あの日貸した毛布にいつもくるまって、床に寝てしまうのでタチが悪い。
色気のある話じゃない。
調理師の学校に通っているらしく、一応勉強などをする素振りも時折見せる。
けれど、どこかに帰っている様子はなく、ふらっと出て行っては戻ってくる。
なんか、私もいいようにあしらわれている気がした。

「家に帰れば?」

そう聞いてみた。
ソファに座る私の足下に、毛布かぶって転がったまま答える。

「ここ、居心地いいんだもん。」
「だから。ここは、私の家だってば。」
「わかってるよぉ。」
「変な噂立つと困るし。そっちだって帰らないと色々マズイんじゃないの?」
「僕は大丈夫だけどなぁ。」

じっと、こちらを見上げる。
足下で丸まっているから、妙な気分だ。

「それにね、変な噂で動じるタイプでもないでしょう?」

う。
そうなんだけど。
そうなんだけど、私はいいんだけど。

「親の耳に入るとマズイかなぁ。」

ちょっと、ぼやいてみた。
足下で、くすくす笑う声。

「そうだね、それはまずいよね。」

全然、悪いって思っている顔じゃないなー。

「でも、アンタがいたら、カレシも呼べないじゃん。」
「おお?カレシいるんだ?」
「いないけど。出来たとき困るじゃない。」
「それもそうかなぁ・・・。」

そうして。
彼は次の朝出掛けた後、戻っては来なかった。
それは彼が転がり込んでから、三か月後のことで、私は久しぶりに、一人の部屋を満喫した。
やはり、誰か居ると、それなりに過ごしてしまうのだ。
お風呂だってトイレだって、多少は気を配る。
お風呂上がりにバスタオル巻いたまま、冷蔵庫のビールを取るなんて、彼が居ては出来ない話だ。

そして、三日が過ぎ。
その日は雨で。
しかも、よく降った。
大学の講義を追えて帰ったら、ドアの前に彼が転がっていた。
私が貸した毛布にくるまって。
・・・そう言えば。
彼が出て行ってから、その毛布は見かけなかった。
持ち出していたのか。
気付かない私も私だけれど。
溜息を吐いて、彼の元へと言うか、ドアの前へ立った。
私が帰ってきたのに気付いた彼は、小さな声で言った。

「おかえりー。」

初秋というのに、その顔は酷く疲れ切って、震えていた。
その様子に私は酷く狼狽して、彼をそのまま部屋に入れてしまった。

「合い鍵は持ってなかったんだぁ。」

そう言ってうな垂れた。
とにかく、浴槽に湯を張り、薄汚れた風の彼を風呂場に放り込んだ。
シャワーの音がし出したのを確認して、ミルクを温める。

なんで?
あれじゃ、捨て猫が戻ってきたみたいじゃない。
っていうか、私が捨てたみたいじゃないっ。

混乱する私の思考は、すでにパニックに陥って、ワンルームの内部を迷路のように彷徨った。
部屋の中をくるくる熊のように歩く私は、端で見ている人が居たら滑稽な姿に映っただろうと後で思った。

しばらくの後、出てきた彼は、私のジャージを着て静かに床に座った。
さすがに男物の着替えがないので、ゆとりがありそうなのをバスルームに置いておいたんだけど、すんなり着ている辺りが、なんかムカツク。
半ば八つ当たりで濡れた髪を、バスタオルでがしがし拭いてやった。
ほんとに。
こうやってみると、女の子みたいだ。
並ぶと、私の方が男性的だ。
薄汚れた毛布は没収した。
代わりの毛布を渡す。
そして、ほどよく冷めたミルク。
少しの間、無言で飲んでいた。
私も、ソファに座って、残りをゆっくりと飲んだ。

「戻って来ちっゃた。」
「そうみたいだね。」
「なにも、聞かないんだね。」

彼がポツリと言う。
相変わらずの、上目遣いだ。
大きな目と、長いまつげが少し潤んでいる気がする。

「聞く必要ないし。」
「や、ありがたいし。」
「言いたくなったら、自分から言えばいいし。」
「・・・そうだね。」

私の家に彼が転がり込んで居着いてしまってから少し経った頃。
友人が教えてくれた事がある。
彼の家庭は少しだけややこしいのだと。
私はそれ以上は聞かなかったから、どんな風に「ややこしい」のかは知らない。
けれど、彼はそんな素振りを見せずに、この部屋にいたから。
だから、それは聞く必要がなかった。
出て行った後も、戻ってきた今も、聞く必要はない。

考え込んでいた私の膝に、何かが当たった。
彼が床から身を起こして、頭を私の膝に乗せていた。
大きな、顔がひっくり返るようなあくびを、ひとつ。

「眠いなら、ソファで横になれば?」
「んー?邪魔じゃない?」
「別に。私はベッドに行くから。」
「だめ。ココにいて。」

ごそごそと、ソファに上がってくる。
そのまま私の膝に頭を乗せてまた、丸まってしまう。
丸くなって眠るのは、癖なのかも知れない。
ここに来てからではなく、もっと前からの。

「え。ちょっとちょっと。」

そのまま素直に寝入ってしまった。
まだ濡れている髪に指を入れてみた。
猫っ毛で柔らかい。
子供だってもっとコシがある髪してるんじゃないか?
体だって、華奢と言っていい。
始めに男性だと聞いてなければ、間違ってしまいそうだ。
少し声の低い女性と間違えそう。

「ま、いっか。」

すやすや寝入る彼の横顔を見詰めて。
そう言えば彼に触れるのは、これが初めてだなぁと、気付いた。
合コンの日から。
一緒に過ごしていたのに。
彼とは指一本触れた事がなかった。
なのに、この安心しきって眠る姿はどうだろう?
彼女じゃない。
間違っても、コイツの彼女ではない。
むしろ、飼い主・・・いや、母猫のような立場だ。

「なんか、変な関係だなぁ。」

様々逡巡して。
結局私も、そのまま眠ってしまった。
目が覚めたとき、ほぼ同時に目が覚めたらしい彼が、言った。

「うあー。膝枕って気持ちよかったんだー。」

その一言に、足の痺れた私は、彼のこめかみを上からゲンコツでグリグリしてやった。
だけど彼は痛い、痛いと騒ぎつつ、それでも膝から頭を下ろそうとはしなかった。

「お腹空いたねー、何か作ろうか?材料ある?」

屈託なく笑う。
もう、綺麗さっぱり、戦意喪失。

「あるモノで適当に作ってよ。」
「りょうかーい!」

それが、また、奇妙な共同生活の始まりだった。

私の部屋には、大きな猫が居る。
時々甘えて、膝で眠る。
一人の時は、床に丸まって眠る。
時折、家を空けて戻ってこない。
しばらくすると、戻ってくる。
戻ってくる時はボロボロだったり、落ち込んでいたりする。
お腹を空かせて戻ってくる事もある。
けれど、何故だか必ず戻ってくる。
ふわふわの毛並みで、華奢な姿。
時折顔がひっくり返るような、大あくびをする。

私の部屋には、大きな猫が居る。
いつまで居るかはわからない。
ただ、飼い主は、それでいいと思っている。
彼が居るこの部屋は、妙に居心地がよくなってしまった。
今、この状態を大切にしたい。
そんな風に思っている。

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コメント

柴成が混乱するの?

投稿: BlogPetのViVi | 2007年10月30日 (火) 11時15分

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