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2006年3月17日 (金)

桜翁

桜という物はどうしてこう、儚げなのだろう?
人の夢と書いて、「はかない」と読むのだと、かつての恩師は言った。
では、この物憂げな儚さも、楚々とした感じも、人が感じるだけなのだろうか?
桜が開花すると、どうしてこうも郷愁を憶えるのだろうか。
卒業や入学に関係する花だからだろうか。
誰しも、桜にまつわるエピソードの、一つや二つは持っているだろう。
勿論、こんな自分にもある。
地元では有名なしだれ桜の老木を前に、そんなことを取り留めもなく考えていた。
このしだれ桜、かつては桜の名所だった、この山寺の隅に、堂々と咲いていた。
山寺と言えども、決して深い山間にあるのではない。
山麓の広い広い敷地に、広い庭を擁し、そこかしこに桜が植えてあった。
寺の名前は誰も覚えず、「桜寺」と、地元では呼んでいるぐらいだ。
しかしそれは、過去の話。
観光客と地元連中の花見で、すっかり根を傷めた桜は次々と枯れていき、今では数本を残すのみとなっているからだ。
桜は、意外と弱い。
人々がぶつかったり、持ち帰ったりした、折れた枝先から、細菌感染して枯れてしまう。
地中に張った根の上を、大勢が踏みしめてしまうと、それだけで枯れてしまうような花だ。
大勢が、その根の上で毎年宴会をしていたのだから、傷むのも無理はない。
老木だけは、元々樹齢何年だかの木で、保存会も立派に存在する木なので、回りに囲いがしてあり、難を逃れた。
ただ、それでも酔客が時折踏み込んでしまうので、最近では囲いも、大人の肩ほどの高さになってしまっている。
かなり広いスペースに、ゆとりを持って作られた板塀。
始まりは、ここだった。



「乗り越えちゃおっか?」
「はぁ?!」
「だーってホラ、こんなに広い土地を独り占めして、いい気なモンだと思わない?」
「いや・・・えっと・・・古木だし。」
「だから!年寄りは労るもんだとか、自慢して、悠々と咲いてるのが気に入らないのよ!こんなに綺麗に咲くんだもの、近くで見せてくれたっていいじゃない?」
最近、友人の紹介でつきあい始めた彼女はそう言って、軽々と囲いを乗り越えたのだった。
「待てって、怒られるよ!」
「こんな夜中に?誰もいないじゃない。静かにしてれば、バレないって。」
「そう言う問題じゃ・・・・。」
とにかく追いかけた。
その時は、引き戻すつもりだった。
「塀の外からライトアップしてるんじゃ、イマイチよく見えないね?」
悪戯っぽく笑う顔は、やけにはっきり見えた。
「昼間、また来よう?」
「じゃーん!」
「なにそれ?」
彼女が取り出したのは、懐中電灯だった。しかも、彼女の手に余る程大きい。
「白色LEDライトで、強力スポーット♪」
「用意良すぎだよ。ってか、確信犯!?」
彼女は、人の話も聞かずに、そのビームサーベルの様に光を放つ懐中電灯で、一生懸命あちこちを照らしていた。
「ダメだね。白じゃ、ちょっとムードなさ過ぎー。」
「満足したろ?人が来ないうちに帰ろう?」
「んー、折角だから、このまま、朝日に照らされた桜を拝もうよ。」
「はぁ!???」
「方向もいいし、きっと、綺麗だと思うんだー。」
「寒いよ。今だって充分寒いのに、明け方なんてさ・・・。」
「うん。だから、そのコートの中に入れて?」
有無を言わさず、人のコートの前を開ける。
春とはいえ、夜更けの冷気が凍みた。
しかしすぐにそれは、強力なカイロを抱え込んだ。
ちゃっかりコートの前に入って、ボタンを留めた細身の彼女。
いきなりの展開に、顔も体も一気に熱を帯びたのだ。
そして二人で、取り留めもないおしゃべりをして、夜を明かした。
彼女の言った通り、朝日を浴びた桜は、とても美しかった。
老木の幹にもたれかかり、しだれた満開の桜を内から外へ、朝日を正面に眺めたのだ。
ドラマチックも、ここまで来れば、言葉も出ない。
ただ、お寺の朝は早い。
見つかって、こっぴどく怒られた上に、二人とも大風邪をひいた。
今となっては、笑い話だが。



桜というのは、どうしてこう感傷的になるのだろう。
塀に腕を載せ、その上に顎を置いて、しげしげと見上げた。
大きなしだれ桜の老木。
今となっては、笑い話になってしまった思い出を、リアルに蘇らせてくれる。
彼女。
我が儘で、自分勝手で、茶目っ気たっぷりなイタズラ好きの彼女。
花をまとわりつかせた梢が揺れる。
薄桃の、儚げな、美しい物体。
思い出は、思い出でしかない。
「ぜったい、ぜったい、呼ぶまで来ちゃダメなんだからね!」
そう言い残し、一人病院へ行った。
ただ、病院からお呼びがかかったし、彼女の両親からも呼ばれたので、行かざるをえなかった。
今朝の話だ。
満開の桜が、歪んだ。
情けない。
ぱたぱたと、地に落ちた涙。
しっかりと目を開けて、美しく揺れる老木を見た。
ふわり、と枝が、花びらが、頬をかすめた。
病院で見た、少しむくんだ彼女の笑顔と、その横ですやすや眠る、しわくちゃ顔の赤ん坊。
頬が弛む。顔がほころぶ。
暫くは、このまま感動に浸っていよう。
あの夜がなかったら、二人はこんなに近づかなかっただろう。
静かに風に揺れる桜翁。
あの子には、あなたの、花の名前をつけてもいいでしょう?
青空すらも覆い隠す、薄桃のヴェールが、静かに頷いた様だった。

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コメント

柴成の、夢っぽいblogしたかった。

投稿: BlogPetのViVi | 2006年3月19日 (日) 15時26分

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