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2007年4月14日 (土)

彼と特売と殺人事件

殺してやる。
本気で、そう思った。
ここまで待たせておいて、いきなり別の女と婚約するなんて。
その上まだ別れ話をしないなんて。
このままズルズルと関係を続けるつもりなのかしら?
残念ね。
事実を知ったからには、そんな気になれないわ。
だから私、決心したの。
殺してやる。
あなたを。

彼との付き合いは十年を軽く超える。
出逢ったとき、私はまだ高校を卒業したばかりの少女だった。
彼は同僚であり、学校の先輩でもあった。
何かと面倒見のいい彼に惹かれ始め、
いつの間にか、お互いの家を行き来する関係になった。
二人とも一人暮らしだったけれど、職場が同じなので同棲する訳にはいかなかったの。
この関係が知られれば、どちらかが転勤することになる。
そういう職場だったから。
一緒に働きたかったから、二人の関係は内緒。
暗黙の了解事項だった。
小さな喧嘩はあったけれど、別れ話が出たことはなかった。
もちろん、冷めた関係でもなかったわ。
彼は女性に人気があったけれど、浮気をする気配もなかった。
だから、いきなり常務の娘と婚約したと同僚から聞かされたとき、
目の前が真っ暗になってしまった。
私、あなたに聞いたわよね。
「常務の娘と婚約したの?」って。
あなたは困ったように頷いただけ。
それっきり、二人の関係はギクシャクしてしまった。
ただ、私はあなたが好きだったから、今までと同じように振る舞うしかなかったけれど。

今日はお肉の特売日。
ここのスーパーは、特売日に高級品を驚くような価格にしてしまう事で有名なお店。
ちょうど二枚パックになっていたから、迷わず買った。
他にもお野菜とか色々買ったけれど。
今日はあまり荷物になる物を買えないの。
いつもは自動車で行く、あなたのマンション。
電車で三駅の距離。
最寄りの駅まで歩いて、駐輪場から鍵のかかっていない自転車を拝借。
頑張ってあなたのマンションまでペダルを漕ぐ。
人目につかないよう、裏道を選んで。
マンションに着いたら取り敢えず駐輪場に止めて、入り口へと向かう。
ここの駐輪場は人目につきにくく、利用者も少ないから少し安心。
車で来たら、ナンバーからバレてしまう可能性があるもの。
だから、自転車で来たの。
でも用心用心。
玄関ホールにはカメラがあるから、一階分は非常階段で上る。
これでここに来たことはバレないわ。
あなたの部屋に着いたら、すぐに料理に取りかかる。
もうすぐいつもの帰宅時間だもの。
私の指には、指紋が付かないよう、透明マニキュアが塗ってある。
どこを触っても大丈夫よ。
この日のために、このお部屋も綺麗に拭き掃除してある。
調理時間を省くため、予め作っておいた料理を綺麗にお皿に並べて、お肉を焼く。
焼き上がる前に、あなたは帰ってきた。

「いい匂いだね。」

そう言って顔をほころばせ、着替えて食卓に着く。
私が座るのなんて待たない。
並べてある料理を口に運び始めるの。
知っているから、最近は私の分をテーブルに置かない。
いつものこと。
ほんとうに、どうしようもない人。
焼き上がったお肉を差し出す。
すぐに、ナイフで切って口に運ぶ。
「美味しい?」
そう聞きながら背後に寄って、手にした包丁で背中からブスリ。
刺す前にキッチンペーパーを背に当てたから、返り血は付かなかった。
何枚も重ねたキッチンペーパーが、見る間に赤く染まっていく。
あなたは何か言いたげに、私の方へ顔を向けたけれど。
言葉にはならなかった。

♪♪♪

その時、私の携帯電話が鳴った。
ビックリした。
出てみると、友人からだ。
「近くまで来てるんだけど、家にいる?」
どうしよう?
あ、でも・・・・・・・・。
「いるよ。でも片付けるから少し時間ちょうだい。
そうね、30分もあればいいわ。」
約束をして切った。

やだ、大変だわ。
ここから駅まで5分。
電車で10分。
家まで10分。
ギリギリよね。
私は材料を買ったお店がわからないように、
特売のお肉とかを袋に詰めて、彼の部屋を出た。
お肉の購入先がわかれば、彼がタイムサービスの時間に間に合うはずがない事がバレてしまうから。
一人分のお皿しかない食卓。
空のお肉のトレイは流しへ置く。
フライパンは洗わずに、そのままにしておく。
彼は一人で食事をしていたように見えるはず。
そうなるように気をつけたから大丈夫。
抜かりはないわ。
自分に言い聞かせるが、時間の制限が出来たことで、気が焦る。
一階まで下りるエレベーターの中の時間がとても遅く感じられた。
全くいいタイミングで電話してきたわよね。
自転車を引っぱり出して、駅まで猛ダッシュ。
途中でお肉の入ったレジ袋ごと、川に捨てた。
ラップにはお店の名前が入っているから、それも一緒にね。
周囲はもう暗く、捨てるところを見られる心配はない。
駅に着くと、いいタイミングで電車が来た。
タイミングが悪くて時間を取ったら大変だったわ。
そして更に家まで早足で歩く。
走ったら汗をかいたり髪が乱れたり、怪しいものね。
家にいることになっているから。
お茶の用意だけは、慌ててしたけれど。
放置してしまった自転車は、申し訳なかったけれど。
家について、ちょっと休憩した辺りで、その友人は来た。
何事もなかったように、私は友人にお茶を振る舞ったのだった。

完璧よ。
だってアリバイは友人が証明してくれる。
淋しいけれど、私と彼の仲を知る人もいなかった。
そう。
完璧なつもりだった。
だけど。
数日後、警察は、私のところへやってきた。
もちろん彼の殺人容疑。
重要参考人として、任意出頭しろですって!
当然のことながら、とぼけてみせた。
「何のことだかわからないのですが。」
そう言う私に対して警察の人が言った。
「だってあなた、被害者が殺害された日、監視カメラに写ってますよ?」
「有り得ません。」
彼は一枚の写真を取りだした。
「ほらね。」
それを見て、私は「あ!」と言ってしまった。
そこに写っていたのは。
エレベーターから下りる私の姿だった。

友人の電話に慌てた私は、そのままエレベーターで一階まで下りてしまったのだ。
せっかく気を付けて入ったのに。
でも、これだけで逮捕なんて、出来ないはずよ。
「確かに、彼の部屋には行きましたが、すぐに帰りました。」
私はそう言い逃れた。
「マンションへ入る姿が映っていませんよ?コロシ目的だったからではありませんか?」
「それなら、出るときも映らないようにします。」
刑事はニヤニヤと意地の悪い笑いを浮かべてみせた。
「私・・・彼との関係は内緒だったので、密かに入る癖が付いていたんです。」
そう続けてみた。
けれど、刑事は意外な事を私に言った。
「透明マニキュアの破片がね、部屋のあちこちで発見されたんですよ。
包丁とかフライパンとか、もちろんドアノブからもね。
被害者の部屋をくまなく探しましたが、マニキュアは見あたりませんでした。
いや、男性にも透明マニキュアをする人はいますからね。念入りに探したんですよ。」
冷や汗が出た。
次に続く言葉が想像出来たからだ。
「それでね、マニキュアの破片から指紋を部分構築して、ついでに組織検査もしましてね。
あなたに行き着いたって訳なんですよ。もう観念したらどうですか?」

私は逮捕されることになってしまった。
残念だわ。
こんなことなら。

・・・特売の高級牛肉、捨てずに食べれば良かった。
もちろん、最後の晩餐で、あなたと一緒に。
二人で毒の入ったお肉を美味しくね。

あなたが食べるのを少し待ってくれたなら。
一緒に食べる素振りを見せてくれていたら、殺さずに済んだのに。
だって、お肉は二人分買ったんだもの。
賭けだったの。
あなたが待ってくれたなら、殺さずに一緒に食事をしようって。
どうやったって、時間は戻せないけれど。
殺したくなるぐらい、本当に好きだったのよ・・・。

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